2012-03-09

「カーネーション」糸子の記憶

三林京子が車椅子を押して老婦人を連れてきた。
娘達がお金を出し合ってドレスを作ってあげたいのに嫌がっているという母親である。
糸子が「若い頃より太ったせいで採寸されたくないのだろう。私なら採寸しなくても作れる」と言っていたので、しぶしぶオハラ洋装店に来た様子。
娘と孝枝の手を借りて車椅子から立ち上がった三林母を前から後ろから眺め、糸子はまるで指揮者のように大きく手を動かしながら頭の中で採寸する。

これは、安岡美容室の制服を作る時に、オハラの店先で糸子が奈津の肩に手を置き腕の太さを確認して採寸したシーンの再現。
その後、生地を裁断してあっという間に仮縫いした制服を奈津の背に当て、「もうええ」と採寸完了。そして、この名台詞に繋がる。

こんでチャラや。ウチは、祝言の時アンタに助けてもうた。ウチはアンタに一言も礼言うてない。アンタも言わんでええ。

オハラの店先で地味な色の着物で儚い表情をしていた奈津の記憶。
パンパンだった奈津に会いにいった記憶。
玉枝に奈津のことを頼んだ記憶。土砂降りの夜に玉枝に怒鳴られた記憶。
カフェ太鼓で勘助にサエを会わせた記憶。勘助の堅い表情。
……まるで実体験のように次々と思い出されてくる。

里香が糸子のためにクリスマスケーキを1ピースだけ買ってきた。自分はもう食べてきたのだという。
夜になっても帰ってこない里香に腹を立てていた糸子だったが、思いがけないプレゼントに相好を崩す。
まずリビングに飾ってある友人達の写真に供えて「里香がウチにクリスマスケーキ買うてきてくれてんで。ありがたいこっちゃでなあ」と報告、「ほな、呼ばれよか」というその時、店の外でバイクのエンジン音、パラリラパラリラと暴走族風のSEが。

昼間、ボンタン少年と親しげに並んで歩く里香。喧嘩の時に里香を助けてくれた少年だ。
それを喧嘩相手のヤンキー少女達が見ていた。
イケメン長身のボンタン君を東京のハンパなツッパリ娘なんぞに取られては岸和田ヤンキーの名がすたる……ということで、里香に警告を与えに来た模様。

ガラスが割れる音。少女達の怒鳴り声。
「ナメちゃあったらいてまうど!」
「東京帰れ! 不細工!」

驚いた糸子は手に持っていたケーキの皿を取り落としてしまう。

糸子が止めるのを構わず、店の外に飛び出す里香。
相手はバイクに乗っているのであっという間に去ってしまう。
まあ、仮にそこに彼らがいたとしたら手ぶらで出てきた里香は今度こそ半殺しにされていたはずだし。

里香が戻ると、ひっくり返したケーキを皿に盛り直す糸子の姿。
これは、板尾の生地屋で働いていた糸子が買ってきたクリスマスケーキを善作にひっくり返された後にハルがケーキを皿に盛り直したシーンの再現だ。

呉服屋が左前で毎日酒びたりだった善作に怒鳴られ、糸子が怒鳴り返す。

悪いけどな、お父ちゃんより今はウチのが、よっぽどこの家支えてるんや! 殴りたいんやったら殴ったらええ! けど、商売は、商売だけはウチのしたいようにさしてもらう!

鬼の形相の善作の張り手一発。みるみるうちに赤くなる糸子の頬。
善作はクリスマスケーキを裏返しに卓袱台に叩きつけ、外へ出ていく。泣き叫ぶ妹達。千代はめそめそ。糸子は黙って大粒の涙をこぼしている。

その中で一人冷静さを取り戻そうとしたハルがケーキを包丁で巧みに裏返し、パニック状態の娘と孫達に泣き笑いの表情で言うのだ。

ハハ、食べれる、食べれるて。大丈夫や。大丈夫。ちょっとへちゃがっただけや。味変わってへん。ほれ、ほら、味変わってへんて。な、箸、皿に入れて。大丈夫、食べれる。な。

ハルが差し出したケーキの皿を受け取った千代、糸子に無理矢理箸を持たせて「ほれ、アンタが一番にお食べ」。
泣きながらケーキを口に運ぶ糸子。箸を持った手がぶるぶる震えている。
そこでまたハルが言うのである。

なあ、よう…よう買うてきてくれたな。おおきにな、糸子。

今、こうして書いていても涙が出てくる名シーンなのだが、これを今日の糸子は一人で再現したのだった。

「カーネーション」屈指の名シーンを贅沢にも2つも盛り込んだ本日の回。
若き日の糸子と老いてからの糸子を結びつける演出家、脚本家の心づくしの趣向はありがたいが、いかんせん、これらはいまだオノマチ糸子と私の記憶なのだ。
ごんたくれな少女時代からふてぶてしい中年女性になるまでの糸子と彼女を取り巻く人々や風景、それを見守ってきた私の記憶。
残念ながら今のところ夏木糸子とその記憶を共有できないのが寂しい。

とはいえ、まだ交代して一週間だからね。
周防の思い出やら泰蔵のだんじりやら、毎日コツコツと積み重ねている“オノマチネーション”の記憶がいつか“夏木ネーション”の記憶と重なる日がくる。かもしれない。

ところで、暴走族がオハラの窓を割ったのは一体何時頃だったのか。
隣の不動産屋からいつもの二人組が飛び出してきたのだが、7時や8時じゃ糸子もそれほど心配しないだろうし暴走族が走るには早過ぎるので、9時? せいぜい10時くらい? 
バブル直前の景気のいい時期のクリスマスの夜に男二人で残業していたということで、もし彼らがゲイカップルではなかったら気の毒すぎる。【み】