2012-03-07

「カーネーション」12年間の空白

土曜、月曜、火曜と見て、どうしても拭えないこの違和感。
12年の月日がたち、糸子役が尾野真千子から夏木マリに交代したのだから、そりゃ顔も変わるし風景だって変わる。
無論、それは覚悟していたのだ。

五十代を過ぎてもいつまでも若々しいオノマチ糸子が、59歳の夏木が演じることによってどう老けるのか。
中年になった三姉妹の貫禄をどう出すのか。
10月から毎日欠かさず見てきた我らの糸子とその世界の新たな展開を楽しみにしていたのである。

しかし、馴染めない。
いや、まあ、たった三日で文句を言ったら申し訳ないのだけれど、ダメだ、どうしても引っかかる。違うんだ、こうじゃないんだ。

で、何が違うんだ? どう違うんだ?……と、自問自答。
ひとしきり考えた結果が「時代」と「連続性」。

ドラマが80年代に突入したので、1962年生まれのワタクシ的には、当時の流行や風俗等の記憶がハッキリしている分、自分の記憶と違うとモヤモヤするのである。
東京のお嬢さん学校の子がグレた時、里香のような軽度の「積木くずし」みたいなファッションになるだろうか?
スウェットの上下に網&ヒールのサンダルを履いてガムを噛み噛み闊歩するだろうか。

しかもここはだんじりが商店街を疾走する町・岸和田。
血の気の多い若者が多いと思しき岸和田で、髪を茶色に染めて暗褐色の紅を引いた少女がヒールのサンダルで夜中にフラフラ出歩いたりしたら、一体どうなるのか。
いや、岸和田だろうがどこだろうが、よその縄張りを「私は不良少女です」という看板を背負ったようなスタイルで歩くのは危険極まりない。
仮に岸和田のドロップアウトした若者達がみな温厚だったとしても、夜中に無愛想な里香にバッタリ出会った場合、一悶着あるのが当然なのではあるまいか。

それとも、もしかしたら里香はとてつもなく喧嘩が強いとか?
あるいは映画「下妻物語」に登場したヒミコのように、全国にその名を轟かせている伝説のレディースなのか?

それならそれで「カーネーション」がまた別の方向に面白く転がっていきそうだが、ファッションショーに食いつく里香、さらに里香のジャージ姿をいったんは見とがめるが「ジャージならジャージでいい、その代わり簡単に脱ぐな」とアドバイスする直子…というシーンから推測するに、里香の将来は全国を統一するレディースの総番長ではなくファッション関係の仕事であろう。
たとえば、岸和田に着いてすぐにイカツイ彼氏ができて明け方バイクで家の前まで送ってもらう…みたいな描写が入ればまだ納得できるんだけど。

……と、このように、里香の扮装一つとっても視聴者がどうでもいいことをついぐだぐだと考えてしまうので、現代ものの時代考証は最近になればなるほど面倒くさいのだ。

そして、もう一つが「連続性」。
以前の糸子との連続性が薄いため、今週からのドラマの展開に感情移入がしにくくて困っている。

ごんたくれな子ども時代から、パッチ屋、紳士服店、生地屋での修業時代を経て、ついに父からオハラの看板を譲られた糸子の歴史。
結婚、出産、戦争、父の急死、友情、不倫の恋、娘の独立、孫誕生、大切な人との別れ等々……糸子にまつわるさまざまなドラマを最初から見守ってきた挙句、糸子のちょっとした仕草や台詞から、「善作さんに似てきたねえ」とか「勘助がいたら喜んだろうに」とか「奈津は元気かな」とか、まるで親戚のオバサンのような気分にさせてもらってきた。

だから、“オノマチネーション”時代の登場人物は三姉妹だけを残して後は全員死亡、という悲しい始まり方をした“夏木ネーション”がとても寂しい。
少なくとも糸子と同世代の登場人物は誰か生き残ってていいよね。
その上の世代になると90歳オーバーだから厳しいかもしれないけど、一人くらい健在でもおかしくないと思うのよ。

畳に寝転がる、眉間にしわを寄せる、くううっと喉を鳴らして喜ぶといったオノマチ糸子の癖が夏木糸子に継承されていないのも寂しい。
中年以降の糸子は仏頂面をしていることが多かったが、老年期の糸子はいつも明るく美しい笑顔。
昔のようにちょっとしたことで怒鳴ったりどついたりしない感じ。まるで亡き夫・勝の「いつも上機嫌」が糸子に乗り移ったようだ。

女優が交代したのだから、声や風貌が変わるのは仕方ない。
だけど、十代や二十代ならいざ知らず、四十を越えると人間の性格はそうは変わらないものである。
愛敬たっぷりのごんた娘が肝の座ったオバハンになって、さらに善作のようなオッサン化を経て、ついには偏屈な爺さんになりかけていたのだが、12年の月日の間に、どこでどうなったのか陽気でパワフルで上品な都会的な老婦人に変身してしまった。

何があったのだ糸子。この12年でどういう心境の変化が?

母・千代の死がキッカケだろうか。
あるいは、三姉妹がデザイナーとして大成功して肩の荷が下りたか。
最高の喧嘩相手の北村との永遠の別れか。
それとも恋か、病気か、借金か、信心か。
糸子の身に何が起こってこのように人柄が変わったのかが明らかになっていれば、こんなに違和感はないと思う。
いやいや、そう決めつけるのはまだ早い。
これからこの空白の12年間の謎が解き明かされるかもしれないので、慌てずに待とうじゃないか。

たとえば、だ。
こんなエピソードが入れば、オノマチ糸子から夏木糸子の連続性を感じることができると思うのだ。

鼻歌混じりにご機嫌で出かける糸子。
行く先は老人ホームだ。そこには車椅子に乗った昌子が待っている。
「ひぇんひぇ、よおきてくだあって…」脳梗塞で倒れて麻痺が残った昌子は発音が少し不明瞭になっている。
糸子は菓子折りを昌子に見せる。
「昌ちゃん、忠岡堂の新作やで。アンタ好きやろ?」
車椅子をゆっくり押して散歩しながら、三姉妹の活躍を喜んだり、昔を懐かしんだり。
「恵さんはホンマええ人やったな。そうや、今度春太郎が冬蔵襲名やて」
「先代はええ役者でしたね」
「たらしやったけどな」
「そうそう、サエさんが夢中で」
「恵さんはもっと夢中でな」
「あの世でも冬蔵さんを追っかけてるんちゃいますか」
ハハハと笑い合う二人。なごやかな会話。ゆったりとした時間。

あるいは、こんなエピソード。

ある日、腕だか足だかが不自由な小柄な老人がオハラ洋装店を訪れる。
糸子がいつも通りに接客していると、その老人がニコニコしながらこう言うのだ。
「糸やん、わしや、太鼓の平吉や」
戦地で怪我をして帰国し、親戚か知人を頼ってどこかで暮らしていた平吉。
新聞でオハラ三姉妹の活躍とその母のインタビューを見て、懐かしくなって岸和田に久しぶりに戻ってきたのである。
涙ぐむ平吉。泣きなさんなと糸子。

大きな割烹旅館かなにかの奥さんにおさまった芸者の駒子が何十年ぶりかに訪ねてきて「今度、うちでレストランチェーンをオープンするんだけど、従業員の制服を糸ちゃんにお願いしようと思って」と言ってくるのでもいいし、恵まれない子ども達へ多額の寄付を続けている篤志家が新聞記事になっていて写真を見るとラサール石井とかね。

ラサール石井と結婚してどこかへ消えてしまった奈津は健在だろうか。
華やかで品のいい和服を着こなして、シャナリシャナリとオハラに遊びにきてほしい。
「別にアンタの顔見にきたわけやない、勘違いせんといて」とか「ラサール死んでヒマやさかい、ちょっと散歩に来てみただけや」とか、ちょっと気取った声で言うんだよ。
糸子は唯一残った幼なじみに久しぶりに会えて嬉しいんだけど、先に奈津に一発カマされてるからぐっと詰まって気の利いた台詞が言い返せないんだ。
「ほんなら、暗くならんうちに早よ帰り」なんてバカな返事をしたりね。

ところで夏木マリは、喋り方もルックスも、糸子よりも奈津にピッタリだと思うんだけど、どう思う?【み】